2007年01月04日
男と女 「二人の花子」
女性には二人の花子が居ると思います。
いや、混在しているといって良いかもしれません。
それは、「素直な花子」と「素直じゃない花子」です。
人によって、このウエイトは違うと思いますが、必ず、この二面性は持っていると思います。
ですが、最近は女性も仕事をもつ人が殆どですから、仕事仲間、友人、家族、恋人といった社会の中である種、期待されていると思うであろう、もしくはこうしたらいけないだろうと思うところの
「枠」
に自分を当てはめてしまい、
「素直でない花子」
で居る時間が長いように思います。
ですが、人間誰しも自分には決して嘘をつけないので、もう一人の
「素直な花子」
との葛藤が生まれます。
男性にはあまり聞きませんが、女性にはヒステリックがあります。
これは、枠にはめて、素直な花子を押し込めていたものが、その許容範囲を超え、飽和状態になり素直な花子が一気に出現する状態ではないかと思います。
これはヒステリックの例えですが、「素直でない花子」を抑え、「素直な花子」をなだめるために、全く違うところでそのバランスを取っていることもあります。
他の男性とのデートだったり、習い事だったり、色々あると思います。
一方、男女で問題となるのは、男性は外で戦う生き物ですから、様々な争いごとが多々あり、結果、論理性が育成され、そもそも論理性と相容れない「素直な花子」を無視し、論理性を取り繕っている「素直じゃない花子」と対峙しがちであることです。
つまり、男性側が中々、「素直な花子」が見えていないことに男女の難しさがあるのではないかと思うのです。
「素直じゃない花子」といくら対峙して男性が勝ったとしても、その裏には素直な花子が居るわけで、ここの気づかない以上、問題を先延ばしにするだけだと思います。
男女関係を円滑にする処世訓としては、男性諸君は決して素直じゃない花子と対峙しないこと、いや、したとしても、素直な花子を探り、慮る姿勢が必要だと思います。
でも、これって実は男性にもあるわけで、いうなれば、
「素直な太郎」
と
「素直じゃない太郎」
がいます。
ですが、男性は、そのDNAというか素直な太郎をひたすら隠す傾向にあります。
勿論、女性も隠しますが、男性の方がはるかに隠す傾向が強いのではないかと個人的には思います。
そして、女性はそんな素直な太郎に気づくのが長けていて、男性は素直な花子に気づきにくい傾向にあり、そのギャップが男女をこじらせているように思います。
なので、論理性が求められる外での戦のことは女性は男性に任せて、家庭の素直な部分は女性に身を預けた方が良いですし、はるか昔からそうやって子孫が繁栄してきたのではないかと思う次第です。
2007年01月04日 00:00

