2008年01月09日
男と女 「女性の地雷」
KY氏ことアルフレッドの言葉と過去の女性関係のことを鑑みるに、男性が予測不可能なところで女性は怒ることが多いですね。
ある商社時代の国際色豊かな友人は、
「同姓の国籍の違いは解決できるが、もっとも難しいのは万国共通、男女関係だ。」
という名言を残して背中でダンディズムを語ってその場を去って行きました。
アルフレッドに戻ると、よく
『まさに地雷だ。
「そこに地雷があったのか!!」
と思う事がよくある。』
との名言を残しています。
(よく、電話をぶち切られるそうです。。。しかし、原因はやはり迷宮入りだそうです。)
小職の過去も振り返って見ると、予測不可能なところで、まさに赤い彗星のシャアことシャアアズナブルの如くの動きで、履いていたスリッパを片方ずつ、全力投球で投げられたことがあります。
(※元嫁ではありません。)
これは小職の天性の運動神経で、なんとか危険回避運動を行い直撃は免れまたものの、2発とも直撃を食らっていたことを考えると『ゾッ』とします。
間違いなく撃沈していたことでしょう。
しかし、周囲の男性友人の話を聞いていても、女子が激高するポイントが全くわからないと皆、口をそろえて言います。
逆にジゴロ系の友人は、その『すうぃーと・すぽっと』を掴んでいるようで、スリッパ攻撃のまさに対極で、逆にハートを全力投球されています。(※我が社では、それを『ハートフル・レバレッジ理論』と読んでいます。)
未だにその原理原則は解明できていないのですが、スリッパの残骸を命からがら、かろうじて持ち帰り分析した結果、
『海のように深い心と忍耐』
でなにやら、回避運動が可能なことだけは判明致しました。
今ではその友人星団達からの分析結果譲渡の依頼も多々あり、その一助を担っていたりするわけですが、ここ最近、更に、
『確実に離婚をしない原則』
を確立にいたりました。
(※ファー・イースト・ナベ・リサーチ社の協力lによる)
この発表をしたところ、早速、多数の近隣星団から情報提供のオファーが殺到いたしました。
我が星団の多大なる犠牲とファー・イースト・ナベ・リサーチ社による分析結果はこうです。
『確実に離婚しないには、確実に結婚しないこと』
です。
これはある種、男性陣には画期的な発表だったらしく、結婚しないための回避運動より発展的かつ具体的な質問が全員総立ちで熱狂的な雰囲気の中、質疑が行われました。
しかるに、遠からず、
「確実性」
という観点から言うと、我が社とファー・イースト・ナベ・リサーチ社の出した
『結婚をしない定理』
は両社の社歴に残る普遍の定理といえましょう。
ちなみにアルフレッドはこの解明に関して3分間ほど、爆笑していましたが、僕はいたって真面目です。
というわけで、離婚を怖がっている人、離婚にリスクを感じている人、結婚に躊躇している人は万難を排して結婚をしないことをお薦めいたします。
確実に離婚を回避できることを満を持して確約いたします。
2007年01月04日
男と女 「二人の花子」
女性には二人の花子が居ると思います。
いや、混在しているといって良いかもしれません。
それは、「素直な花子」と「素直じゃない花子」です。
人によって、このウエイトは違うと思いますが、必ず、この二面性は持っていると思います。
ですが、最近は女性も仕事をもつ人が殆どですから、仕事仲間、友人、家族、恋人といった社会の中である種、期待されていると思うであろう、もしくはこうしたらいけないだろうと思うところの
「枠」
に自分を当てはめてしまい、
「素直でない花子」
で居る時間が長いように思います。
ですが、人間誰しも自分には決して嘘をつけないので、もう一人の
「素直な花子」
との葛藤が生まれます。
男性にはあまり聞きませんが、女性にはヒステリックがあります。
これは、枠にはめて、素直な花子を押し込めていたものが、その許容範囲を超え、飽和状態になり素直な花子が一気に出現する状態ではないかと思います。
これはヒステリックの例えですが、「素直でない花子」を抑え、「素直な花子」をなだめるために、全く違うところでそのバランスを取っていることもあります。
他の男性とのデートだったり、習い事だったり、色々あると思います。
一方、男女で問題となるのは、男性は外で戦う生き物ですから、様々な争いごとが多々あり、結果、論理性が育成され、そもそも論理性と相容れない「素直な花子」を無視し、論理性を取り繕っている「素直じゃない花子」と対峙しがちであることです。
つまり、男性側が中々、「素直な花子」が見えていないことに男女の難しさがあるのではないかと思うのです。
「素直じゃない花子」といくら対峙して男性が勝ったとしても、その裏には素直な花子が居るわけで、ここの気づかない以上、問題を先延ばしにするだけだと思います。
男女関係を円滑にする処世訓としては、男性諸君は決して素直じゃない花子と対峙しないこと、いや、したとしても、素直な花子を探り、慮る姿勢が必要だと思います。
でも、これって実は男性にもあるわけで、いうなれば、
「素直な太郎」
と
「素直じゃない太郎」
がいます。
ですが、男性は、そのDNAというか素直な太郎をひたすら隠す傾向にあります。
勿論、女性も隠しますが、男性の方がはるかに隠す傾向が強いのではないかと個人的には思います。
そして、女性はそんな素直な太郎に気づくのが長けていて、男性は素直な花子に気づきにくい傾向にあり、そのギャップが男女をこじらせているように思います。
なので、論理性が求められる外での戦のことは女性は男性に任せて、家庭の素直な部分は女性に身を預けた方が良いですし、はるか昔からそうやって子孫が繁栄してきたのではないかと思う次第です。
2006年12月26日
成功と幸福
久々に男女ネタです。
クリスマスですから。
ちなみに僕は不覚にも風邪でダウンしてメリークリスマスではなく、ベリ~苦しみますです。。。
(寒くてすみません。最近、親父化が激しくて駄洒落に凝ってます!)
さて、本題です。
以下は、世界第二位の大富豪、ウォーレン・バフェット氏の格言です。
成功とは「望んだものを手に入れること」
幸福とは「手に入れたものを楽しむこと」
(ウォーレン・バフェット)
この言葉を知ったとき、長い時間、考えさせられました。
いや、その意味がとても深く、今でもずっとその意味を様々なケースに置き換えて咀嚼(そしゃく)しています。
このカテゴリーの通り、一つ、男女においても同じことが言えると思います。
20代、30代と若い男性は(僕もまだそうですが。。。)、仕事での成功思考が強く、それをプライベートでも持ち込みがちです。
女性を口説くのに時間とエネルギーを注ぎ、付き合う彼女をとっかえひっかえしているのは、それは、男女間における幸せではなく、成功を求めているのではないかと思うのです。
逆もまたしかりです。
更に考えたのですが、先輩諸方よりよく、
「子供はいいぞ。」
「いまだに3歳のころの息子の手をつないだ感触を覚えている。」
「子供は、1教えたら10学習してくる。だからかわいいぞ。」
等々、様々です。
僕には子供が居ないので、最近、子供を強く意識するようになりました。
男性は仕事が出来ればできるほど、成功思考が強い傾向にあると思います。
しかし、子供をきっかけに
「手に入れたものを楽しむこと」
に思考がシフトするのではないかと思います。
勿論、子供を持つ前からそれに気づいている賢明な方も多く居ると思います。
僕のとても懇意な友人も子供に恵まれ大きく変わりました。
まさに望んだものを手に入れようとしていたのが、手に入れたものを楽しむようにシフトしました。
バフェット氏の格言を更に僕の言葉でいうならば、、、、
「成功と幸せの絶妙なバランス感覚とその実行、継続こそが、究極である」
です。
どちらが一方が偏っていては真の成功とも幸せともいえないと思うのです。
家庭では、今、与えれらたものを楽しみつつ、次の望むものも手に入れる。
(次の子供だったり、マイホームだったり。)
それを繰り返す。
経営では、今、与えられた環境に感謝しつつ、その先にあるものも手に入れる。
それを繰り返す。
ちょっと、最後は格好つけてしまいましたが、そんな感じで。
2006年10月19日
本屋さんのお話
この歳にもなってくると同世代の女性から、恋愛の相談を多々受けることがあります。
で、同世代の独身女性には共通しているものがあります。
その共通点はわかりやすく書くと、本屋さんに似ています。
ある日、本屋さんに立ち寄る。
本屋さんには沢山の本が並んでいます。
友達からの批評を聞いたり、本についている帯を参考にしたり、背表紙や表紙を見たりして、立ち読みする本を選びます。
本はお店が営業が終了するまでに買わなければいけないのですが、買う前に必ず、誰しも立ち読みするものです。
しかし、読み進めてからやっぱり、買うのは辞めようと本棚に戻すこともあります。
立ち読みする本を見つけては戻し、見つけては戻しを繰り返し、営業時間が迫って焦る人も居れば、開き直って居座る人も居れば、一発でエキサイティングでときめく本に出会う場合もあります。
ポイントは、誰もが買った後に読んで楽しくてハッピーエンドで終わる本を捜し求めていることで、それは読んでみないとわからず、最後は買って家で最後まで読んでみないとわからないことです。
本来ならば、気になる本を全て立ち読みして、間違いない本を買えればよいのですが、お店も営業時間があります。
更に複雑なのは、立ち読みを繰り返し来るうちに、足も目も疲れて段々と次の本に手を伸ばす勇気や自身が無くなってきてしまうことです。
要するに立ち読みに疲れてしまうのです。
そうなってしまうと、本を最初から読まずに最後から読もうとしがちです。
ですが、本は最初から読むもので最後から読み進めても面白くないですし、上手く行かないものです。
さはさりながら、本屋さんと男女の一番違いは、本は最初から最後まで予めストーリーが決まっていますが、男女の本は未来を変えられる、ということではないでしょうか。
勿論、最適な本を選ぶことが出来た上での話しですが。。。
今日はちょっと小話でした(笑)。
2006年08月02日
男と女
最近、とある友人女性からこんなことを言われた。
「男と女って全く違う生き物なんだから、分かり合えるわけないじゃない。」
「はっ」としたのと、究極はそうなんだろうと思いました。
所詮、自分のことでさえ、気づいていないことが多々あるのに、同姓は勿論のこと、異性であればもっとそうなのかもしれない。
今までの過去を振り返ってみて思うのは、やはり、男と女はその思考回路が全く違うということ。
女性は、シンデレラではないが、やはり綺麗なストーリーやシナリオを求めるし、端的に言うと、
「小説を最後から読もうとし遡ろうとする」
ようなアプローチを取ると思います。
一方で男性は、
「小説を最初から読んで最後はハッピーエンドに持っていく」
アプローチを取ると思います。
これは相容れないものです。
社会一般的には、女性は出産したり、家庭の財布を握ったりすることから男性よりも、より現実的だといわれています。
が、僕はよっぽど男性の方が現実的な生き物だと思うのです。
体や精神構造の違いもありますが、一番は餌をとってくる為に社会で散々揉まれていることが一番の違いではないかと思います。
社会で揉まれれば揉まれるほど、理想を現実に引き寄せることがいかに難しいことだったり、それに伴う犠牲だったりを肌で感じている生き物だと思います。
なので、小説の最後にくるハッピーエンドよりも、目の前の現実をどう解決していくか、乗り越えて次の第二節に行こうとするか、そんな思考回路だと思います。
決して、
最後のハッピーエンドを思い描き、一点の汚い部分も無い遡ったストーリーでないと駄目だとは思わない。いや思えない生き物かも知れません。
そういった意味では、例えば、女性にとっての綺麗なシナリオを大事にするための「嘘」もまた、誠実さの部類に入ってくるのかもしれません。
(実際にそう言う女性も居ますし。。。が、現時点では僕はそうは思えないのですが。。。)
もっとも、この誠実さというものも、人によってその捉え方が違うので何を持って誠実であるかというのは割り切れないものですが、少なくとも自分が思うところの誠実さとそれに伴った行動を貫くことが大事ではないかと思うのです。
そして、そんな同じ「誠実さ」に対する理念が共有できる人が自然と集まり、一つの社会が形成されていく、そんな風に思う次第です。
いずれにせよ、女性は一点の曇りもないハッピーエンドを遡ったアプローチを取ろうとし、いや理想とし、男性は最初から読み進め様々な難関を乗り越え、犠牲を払いつつも前に進もうとする、そんな違いがあるのではと思った次第です。
そして、なかなかどうして相容れないものでもある。
P.S
サービス業を営む友人から言わせると、
「女性は被害妄想が激しい生き物である」
と形容します。
う~む。。。
これは、小説の読み方の違いとも通じるものがあり、非常に考えさせられました。


