2006年11月02日
その先にあるもの。。。(その2)
昨晩に書いた、
『その先にあるもの。。。』
が意外に好評で社員、それに友人達からメールを頂戴しました。
で、おだてに弱い僕は気分が良くなってしまい、この
『その先にあるもの。。。』
の第二段というこことでもうちょっと、深堀と応用をしてみたいと思います。
内容は前号は「車」という商品だったわけですが、それをサービス業の切り口からの考察及び掘り下げてみたいのと、更に
「営業」
や
「新規事業」
という側面からの考察の2点を述べたいと思います。
最近、四国出張もあって、飛行機に乗る機会が多かったので、タイムリーに
「フライト」
というサービスを取り上げたいと思います。
そもそも飛行機に乗る、という手段においては
「目的地に着く」
という、その先にあるものがあるわけでつまり、
「移動」
というサービスがまずありきのはずです。
しかし、その移動の目的も様々で仕事目的であったり、旅行目的であったり、はたまた一部、航空マニアの人は移動そのものではなく、大好きな飛行機に乗ることそのものが目的だったりするわけです。
特にビジネスマンの場合は、時間が大事で仕事上、有利なフライトに乗りたかったり、ゲートが近かったり、出入り口の近くの席を希望したりと時間的価値を求める人も居ます。
また、国際線だと目的地についてから、仕事のパフォーマンスを上げるため、機内ではとにかく疲れないことや休息を重視したりすると思います。
また、旅行目的に人はとにかく安く行きたいという人も居れば、ビジネスマンのように現地での滞在時間を有効に使いたいと思う人もいるでしょう。
サービスの場合、商品と違って、その「先にあるもの」の媒体となるものが「カタチ」でなく、目に見えないものであるので、ある種わかりにくくもあります。
また、競争もあり本来の
「安全かつ迅速な移動サービス」
に更に
「快適な機内サービス」
が差別化要因になり、その機内サービスに重きを置いてしまう消費者が居たりと、余計に複雑化していると思います。
つまり、航空業界には「移動(物流)」、飲食店には「食事」といった具合に、サービスにはその本来目的の価値提供が必ずあるわけでその軸を提供サイドも消費サイドも決して忘れてはいけないと思うのです。
競争が激化すればするほど、差別化の一要因となるその付随サービスの
『枝葉』
に提供サイドも消費サイドも目がいきがちですが、その枝葉にばかり目を向けるから足元が揺らぐのです。
他の同じく成熟産業であるクレジットカードはその基本サービスとなる機軸は、
「決済サービス」
であり、それを提供するための絶対条件となるのは、
・偽造されることのない安全な決済
・どこでも決済できるシェアの大きさ
・決済サービスを止めない信頼性の高いインフラ
なわけです。
ポイントやらショッピングプロテクションやらコンパニオンチケットなんぞ、いわばどうでもいいわけです。
もっと言うと、カード会社は提携店舗から徴収する決済手数料をポイントやマイルというカタチで顧客に還元しているに過ぎず、更に言えば、手数料を徴収される店舗もバカではないから、いまどきサービス料という名目だったり、商品単価に薄く載せて顧客に乗せているのです。
つまり、実はその決済サービスの便益も顧客が負担しているに「ほぼ」等しいのです。
もっとも、カード業界のように市場が成熟し、それを支えるインフラ技術も発展すれば、その絶対条件は益々、堅固なものとなり、むしろ枝葉がコアになってくるのかもしれません。
ちょっと、エキサイトして話がそれましたが、この内容とリンクするのは、以前に書いた、
『減点主義のマネージメント』
です。
航空業界の場合、その安全な移動サービスという絶対条件が当たり前になってくると、提供サイドも消費サイドもその「足元の基本価値」を忘れがちです。
他の枝葉の部分での評価での減点主義になってしまいます。
そして、他社で大きな事故があった場合にのみ、はじめてその
「基本価値」
というものを再認識するわけです。
雪印乳業の件もしかり。
三菱自動車工業の件もしかり。
ヒューザーの件もまたしかりです。
人間はことが起きないとその価値を忘れがち(特に健康)ですが、特に提供サイドにいえることはその価値とそれを常に忘れていない姿勢を発信し続けるほかないと思います。
そして、その価値をわかってくれる顧客を大事にする。
ちょっと、話が大分それましたが、商品にしろ、サービスにしろ、カタチがあるないにせよ、それを作り上げる提供サイドには、必ずその背景に
『コンセプト』
があると思います。
そして、顧客サイドには、
『先にあるもの』
がある。
営業という行為はこの二つの接点を最大化する、もしくはすり合わせの行為に他ならないと思います。
だから、提供者のコンセプトだけを押しても決して売れませんし、先にあるものだけを見ていても売れません。
この二つのバランス感覚が大事だと思います。
大分長くなりましたが、後半の営業や新規事業の側面に移ります。
前述の通り、提供社が考えるコンセプトと顧客が求める’その先にあるもの’の接点が大事なわけですが、我々は新規に商品やサービスを開発する際には、コンセプトと資料が固まった段階でプレセールスを行います。
なぜなら、前述の通り、カタチだ大事なのではなく、コンセプトが大事だと思うからです。
つまり、カタチを作って、
「これを買ってください!」
とはやらずに、
「こんなものを販売します。どうですか?」
というアプローチを取ります。
実際には、コンセプトだけでセールスを開始すると、
「実際に物がないとね~」
と顧客にいわれガチですが、それは断り文句に近く、逆にそれを売れない理由にする営業マンも居ます。
ですが、ぼくの経験上、それじゃ、カタチを作ったからといって皆さん、買ってくれるかというと決してそんなことはありません。(実際には車にしてもボーイングにしてもマンションにしてもコンセプト段階で受注を開始しています。)
カタチがなく、まだまだ信用が弱ければ顧客にリスクがないように契約上、顧客にリスクがないように提案をすれば良いわけです。
つまり、新規事業にしても通常セールスにしても、実際の’物’や’サービス’に頼るのではなくその根底にある’コンセプト’をもとにセールスをする必要があるわけで、そのコンセプトとは、提供者が顧客がうけるであろう’価値’に他なりません。
新規事業の場合、実績がない分、
(顧客がこんな価値をうけるであろう)
という予測があることが前提になるわけで、これは実際にプレセールスをやってみないとわかりません。
その時点で反応がイマイチならば、提供者が思っていた以上に価値がなかったということになります。
ですが、ビジネス上、カタチを作ってしまった方がリスクが大きく、本質はカタチでないと思っている以上、カタチにこだわるのはナンセンスです。
(例えば、ボーイング社がB787を作ってしまった後にセールスを開始するのはあまりにリスクが大きいですし、プレセールス段階でマーケティングリサーチも同時にやってしまって方が機材のブラッシュアップが出来き、一石二鳥なわけです。)
イービストレード時代に旧日商岩井の優秀な先輩達から教わったのが、
「売りから入る」
というものでした。
人によって、言葉は違えど、やっていることは皆、同じでした。
仕入れてから売るのではなく、物がなくても売りを固めてから仕入れる、ということです。
更に仕入先が飛んだ(倒産)場合には売り以上の仕入コストが掛かる可能性があるから、そこにももっと注意せよ、という教えもありました。(売り先が飛んだ場合には損失は’確定’できますが、仕入先が飛んだ場合には代替品を仕入れる為に売りよりも損失が膨らむ可能性があり、損失が確定できません。。よって、仕入先の倒産は実にリスクが高いのです。簡単にいうと友人にガンダムのプラモデルを1万円で売る約束をしていて、これまた友人から7千円で仕入れる予定が仕入れられなくなり、ヤフオクで1.2万円の仕入コストが掛かってしまった、なんて感じです。)
今日はちょっと、文章が長くなりすぎて、起承転結にならず恐縮です。。。
2006年11月01日
その先にあるもの。。。
プロフェッショナルたるもの、クライアント以上にその仕事のことを考えるのは、当たり前田のクラッカーなのですが、ついつい陥りがちな点をちょっと、真面目に書きたいと思います。
(いい加減、小額詐欺はどうでもいいとして。。。)
あらゆる商品やサービスはその形は実はどうでも良いのです。
お客さんやクライアントは、その商品やサービスを通して期待する効果・効用を得たいのです。
よって、その商品やサービスというものは媒体にしか過ぎず、
「その先にあるもの」
が肝要なのです。
つまるところ、商品やサービスはお客さんやクライアントにとって「手段」以上でもそれ以下でもないのです。
特に営業マンに陥りがちなのですが、扱っている商品・サービスのみを見て、
「売ることだけ」
を考えてしまいます。
ですが、これではいつまでたっても売れません。
それは、前述の通り、お客さんは商品・サービスそのものを求めているのではなく、その結果の効果・効用を求めているからです。
例えば、車の販売会社があったとします。
その場合、車を売ることを考えるのではなく、お客さんがその車を手にして何を実現したいのか?を考えるべきだと思います。
そして、それは100人居たら100人の「先にあるもの」があるはずです。
例えば、女性とドライブにいって休日を過ごしたいとか、家族思いで実家に何かあったらすぐに帰りやすい環境を作っておきたいとか、もともと、その車を買うのが夢で自分へのご褒美と今後のモチベーションアップだったりと、その思いは様々です。
なので、さりげなく
「車購入を通して何を手に入れたいのか」
これを汲み取ったり聞き出すことが出来る営業マンはいい営業マンだと思います。
僕も部下には口がすっぱくなるほど、このことは言い続けています。
「クライアントは、サイトやシステムが欲しいんじゃない。その先にあるものが欲しくて、結果その手段として、サイトやシステムが必要なんだ。だから、クライアント以上にクライアントの立場に立ってその先にあるものを考えなさい。」
と。。。
当然、言うはやすしでクライアントの立場に立って考えるということは、下手をするとクライアント以上のそのクライアントの業界に詳しかったり専門知識を持つ必要があるわけです。
そして、自分だったらどうするか?
これを必死になって考え実行するからこそ、良い仕事、つまりアウトプットにつながり、信頼を得、絶対的なファンとなってくれるのです。
よく、
「仕事は忙しい人にお願いしなさい。」
といわれますが、全くその通りで、こういった本当のプロフェッショナルはファンが多く、常に忙しいのです。
そして、本当に自分が価値貢献できる仕事を選んで注力します。
ですが、このお客さん以上にその先にあるものを考えるためには、日々の勉強や好奇心、経験といった地道な努力が必要になってくるわけです。
それらの膨大な蓄積があって初めて、ボタンを押されたときに自分の中にある情報と経験のかけらが、ガチガチと静かな音を立てながら瞬間的に結びついて、一つのアウトプットがでるものだと思います。
様々な人を見ている中で、仕事でもプライベートでも分け隔てなくインプットに努めている人とそうでない人では雲泥の差があると思います。
特にプライベートでの友人関係を見れば一発でそれがわかります。
決して、人様の人生なので否定をするつもりはさらさらありませんが、プライベートで完全にインプットがおろそかになっている人にビジネスマンとしての大成は絶対にないでしょう。
でも、これって実は人間の原理原則で、
仕事では、クライアント以上にクライアントのことを考える。
恋人としては、相手以上に相手のことを考える。
友人としては、友人以上に友人のことを考える。
つまるところ、仕事にしろ、色恋沙汰にしろ、友人関係にしろ、最後は
「人」
で繋がっているのです。
人が人と繋がっている以上、
「相手以上に相手のことを考える。」
これが、仕事であろうが恋愛であろうが基本的な姿勢であり、原理原則だと思う次第です。
そんなわけで、最近、アホな日記が続いたのでちょっと真面目なエッセーでした。
2006年09月26日
減点主義マネージメントの弊害
その業態や経営者のマネージメント手法によって、
「減点主義」
というものがあります。
で、結論から言うと僕はこの「減点主義マネージメント」が大嫌いです。
なぜ嫌いかというと、
まず第一に、減点主義の場合、とにかく保守的になってしまうからです。
自ら手を挙げて
「やります!」
といった人もミスをしたり失敗すると、それが減点の対象になってしまいます。
つまり、手を挙げないほうがよっぽど良い、ということになってしまいます。
第二には、これは大きな弊害なのですが、誰かのミスを発見した人が評価されがちになり、ポジティブな方向にエネルギーが行かず、どうでもいいことにリソースが向かいがちです。
「事なかれ主義」
の大企業に多い病気でしょうか。
わかりやすくサッカーで例えるならば、ディフェンダーの選手がミスをしたとします。
それを中盤の選手が文句を言い、監督も一緒になって文句を言う姿です。
チームであれば、チームを中心に考え文句言う前にフォローに回り、文句を言うなら一難去ってから一言言えばいいのです。
ところが大企業病に見られるのは、口は出すけど、手は出さない。フォローもしない。
いざ、フォローを求めるともごもごしてこまる。
つまり、言行が一致してないのです。
なんの説得力もありませんし、なんのチームの価値貢献にもなっていません。
何かを言うときには自らもフォローに回るくらいの「担保」が必要だと思うのです。
(勿論、戦略的に部下の教育等の思索があるケースもあるでしょうが。。。)
小さなミスが大事に至るケースは多々あることですが、問題は本人がそれをどれだけ自覚するかどうかです。
だから、経験ある人がフォローに回り、火の粉が落ち着いたときに、初めてそのリスクを本人に伝え、次は起こさないように教育する。
そんな本質的なことではなく、ただ誰かのミスをつつき、それが
「良く見つけた!」
と評価されるのは本質ではありませんし、そんな文化は不毛です。
実際はミスを犯した本人が一番よくわかっているものです。
同時に僕はいつも自分にこう言い聞かせています。
「僕だって完璧じゃないし、ミスは良く犯す。自分のことでさえ100%コントロールできない。それを他人に求めるのはおこがましい」
と。
勿論、会社組織としては、ミスをなくし、完璧を求める
「姿勢」
というものが大事だと思いますし、必須であると思います。
ですが、同時に誰かミスを犯してしまったら、一方で慮る気持ちというかバランス感覚も必要です。
また、それをガンガン指摘すればその意義が半減すると思いますし、あえて言わない方が常識ある社会人だったら、よっぽど反省すると思うのです。
ミスした本人が一番、良くわかっているはずですから。
(たまにわかっていない人が居ますが。。。)
ですので、言いたいことは半分腹にしまう。
起きてしまったことはしょうがないから、合理的に判断して早急に対処する。
それしかないでしょう。
いずれにしても、減点主義のマネージメントでは、大きなエネルギーを生み出すことは不可能ですし、
「重箱の隅をつつき隊」
だったり、
「口は出したいけど、手は出したくない隊」
といった人種の温床になりがちですし、そんな組織に成長はないでしょう。
弊社では、そんな大企業病は絶対に出さないようにしたいと思います。
P.S
難しいのは、「安全」・「安定」が第一義とする業態の場合です。
例えば、オンライントレード業態がその一つに上がると思います。
とにかく、Webサービスを止めないこと、情報が流失しないことが絶対条件になるのですが、なにもない
時は評価はされませんが、ことが起きたときに大問題になりがちです。
弊社では、トレーディングシステムの管理運営は受けては居ませんが、このマネージメントは大変だと思います。
特別なことは何もしなく、ただ「ラッキー」で何も起きなかった、というのは問題ですが、事が起きないように日々の様々な努力というものはアピールしにくいですし、中々評価されにくいものでもあります。
度合いは違えど弊社もこの問題に直面することも多々あるので、
「何も起きないことのバリュー」
をどう見せるか、検討しなくてはいけないと思います。
2006年09月20日
男女におけるD/E比率 その2
今日は、もう一本行きます。
表題ですが、男女におけるD/E比率はその「時間軸」も考えなければいけません。
要するにですね。。。
会社経営も投資も男女もつまるところ、過去の分析ではなく
「将来予測」
に尽きると思うのですが、この男女のD/E比率も将来予測。つまり時間軸と共にその比率が変わり、その変化を先回りして予測することが肝要だと思うのです。
これはあくまで僕の個人的な見解ではありますが。。。
ビジネススクール出身者の方も経営学者の方も、恋愛セラピストの方も過去の分析が「全て」であれば、その方たちはみんな成功しているはずです。
過去の分析はとても大事ですが、最後は
「将来予測」
に尽きると思うのです。
だから難しいのです。
男女もおよそ若いうちは、エキサイティングなエクイティを求めがちかもしれません。
しかし、歳を取るにつれ周りも結婚しだし、子供も持ち、飲みに行く友人も減り。。。と
外部の環境変化が必ず起こります。
また、人によって、その受ける影響も変化も違いますので、それが大きな因数になるわけです。
でも、人間という生き物は過去の経験から、経験を積めば積むほど、将来予測の確度も高めることが出来ると思います。
ですが、その経験値からくる確度もおよそ狭い自分の経験値の上なのでそれをベースにすれば同時に大きな機会損失という代替のリスクも負うことになるわけです。
ただ、いずれにしても、時間軸である
・過去
・現在
・未来
このバランス感覚が肝要であるとともに、最後は未来(つまり将来予測)に集約されると思います。
なぜなら、過去に縛られては今も未来も充実したものにはなりませんし、今に縛られすぎても未来は不安定なものになりますし、未来にばかり縛られても今が充実しません。
過去の経験から何かを学び、未来を見据え、今を充実させる。
このバランス感覚はとても重要です。
人がハッピーになるための、時間軸での基本マインドだと思う次第です。
なので、D/E比率に関しても、
過去の無意識に行っていたD/E比率とその成功と失敗から多くを学び。
今後どういうD/E比率にして行きたいか、
今のギャップ(スプレッド)はどうなの?
何が足りず、どうすればいいのか?
今後はどうしたいの?
これらをリアルにイメージを持って将来予測を行い、
と、そんな感じで過去と未来の接点である、「今」という「秋(とき)」をどう過ごすか。
そうすることで初めて未来が明るくなると思うのです。
さはさりながら、実は皆さん、無意識に意識していることではありますが改めてエントリーにしてみました。
う~~~ん、でも将来予測はやっぱり難しい。
神様が人間に残した最後の宿題かもしれませんね。
今日はこんなところで。
2006年09月12日
債権者集会
確か24、25歳くらいのときだったと思う。
イービストレードに在籍していたとき、色々な流れで債権者集会なるものに毎回、出席したことがある。
どこの債権・債務かは伏せるとして、ようするに債権者の立場として東京地裁に毎回出席したのである。
この時、
・倒産になると法的にどのように処理されるのか?
・債権者の空気はどんな感じなのか?
それにとても興味があり、リスクマネージメントをしていたとある担当の方にお願いして毎回出席させてもらいました。
結論から言うと、値千金の得がたい経験をしました。
記憶は定かではないが、2,3ヶ月ごとに開催され全てが処理されるまでに1年くらい掛かっただろうか。
その倒産した企業はオールドエコノミーの企業で、とあるキーマンの営業力に頼っていた会社でした。
そして、その営業マンの転職と同時に商売がそのまま移ってしまい、倒産の引き金になってしまった、というものでした。
本質的には
・経営者が属人性を弱くした経営をしていなかったこと。
(つまり組織力に繋がる経営をしていなかったこと)
・属人性に依存しない収益源を確保していなかったこと。
が挙げられると思う。
集会は会を重ねる毎に人数が減っていき、最後の数回は毎回、同じ顔ぶれといった感じでした。
その顔ぶれも様々で、いかにも社長がツケで飲んでいたであろう料亭の品の良い年配の和服姿の女将が居ました。
毎回、黙って聞いていて最後まで出席していたのが印象的でした。
また、いわゆる取引先の大手のビジネスマン風な方。
毎回、最後の質疑応答になると感情的に訴えかける下請けの中小企業の社長。
その顔ぶれは様々でした。
倒産した経営者は一切、席には出ず、代理人である弁護士が全て報告を行う流れでした。
倒産すると、弁護士が破産管財人となり、法律に則り会社の資産を整理し、これまた法律で定められた優先順位の高いものから分配され、残りを債権者に分配するという流れです。
法律上、倒産直前に取った担保は全て無効になると共に税金や従業員の給与が最優先され真っ先に支払われます。
売り掛けを行っている取引先は最後で、その残りを比率に応じて分けられるわけですが、幾らももらえないのが現状です。
印象的だったのが、その下請け企業の社長でした。
重労働をし、従業員同然に仕事をしていたこと。
何とか従業員と同等の扱いで優先的に支払って欲しいと毎回、切実に裁判官に訴えかけていました。
法律上、この企業のみ特別に認めるわけにもいかず、裁判官もドライに跳ね除けていました。
僕はこの数回、かつ1~2年に渡る債権者集会で学んだことは、
・企業は倒産するとドライに法律に則り粛々と整理されること。
・取引先が倒産した場合、誰も面倒を見てくれない、ということ。
・属人的ではなく、会社に属する競争力あるビジネスを行うこと。
の3つでした。
特に、くだんの中小企業の社長ではありませんが、やはり1社に依存する売上構造を維持するのはNGでことが起きたときには誰も面倒を見てくれません。
もっと言うと、大変、お気の毒ではありますが、競争力そのものがあれば、つまり自身が経営努力を行って知恵を絞って汗を流して、競争力の向上というものに精を出していれば、決して1社に依存する収益モデルになることはなかったのではなかと当時、思いました。
「たら、れば」ではありますが。。。
倒産した企業において言えば、一人の営業マンに依存するビジネスモデルを放置していたこと。
クライアントを事実上、個人のものとして会社のものとしなかった企業文化を放置していたこと。
これはとても危険なことだと思いました。
ビジネスマン人生は長くても40年です。
ですが、会社のライフタイムは永遠となる可能性があります。
最後はやはり、「会社」というものに集約しなければいけませんし、クライアントを持ち逃げした営業マンも様々な思いはあるかもしれませんが、古巣が倒産しては大手を振って気持ちよく仕事は出来ないと思います。
昨今、人材の流動化も激しくなり、「キャリアアップ」と称して会社を踏み台にして、いわば自己中心的な考えを持つ人が多いように思いますが、僕はその考えには否定的です。
それは、僕が自社の経営者であり筆頭株主だから言うのではなく、そもそも、「会社」という仕組み・媒体を通して社会活動の接点を持ち、価値貢献の活動を行う以上、それを無視しては本質的に幸せになれないと思うのです。
接点である「会社」という仕組み・媒体を中心に据え置き、自身のモチベーションと一致させる、そんなバランス感覚なくしては、本当の意味でやりがいだったり、仕事の醍醐味は味わえませんし、常に「青い鳥」を追い求めてしまうように思います。
人が人である以上。
人が社会の生き物である以上、絶対的にその接点である仕組み・媒体を否定してはハッピーになれない、と思う次第です。
今日はふと、昔を思い出してそんなことを考えていました。
今月はやることが沢山あり、結構、ハードです。
一つ一つ集中して、妥協せず、良い仕事をしたいと思います。
また、悔いの無い20代を終えたいと思います。


